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一人の少年が城の、少し高い位置から外を眺めていた。肩まで伸びた艶やかな黒髪が、時折風に揺れる。
今日はやけに騒がしい。
確認しようとその騒動のもとへと降りていくと、侍女達が忙しなく廊下を駆け回っている。
数人は部屋の中、数人は庭を。
一人に近寄り、「どうしたの?」と声を掛けた。
少年の姿を確認した侍女は、慌てて頭を下げる。どうやら少年は城でも身分の高い位にいるようだ。
「若様、只今、少女を探しておりまして……!」
――少女?
少年は首を傾げた。
城に少女なんていたかと思い出すが、少女の姿など侍女でしか目撃したことがない。
「何で探してるの?」
「それが……、座敷牢にいた者なのですが、何者かが鍵を壊したらしく出て行ってしまって……」
「何者かって、父上の封印はそんな簡単に解術できる者なんていないよ」
「ええ。そうなのですが……」
侍女は言葉を濁らせた。
実際そうだ。この城の君主は、この幻妖の世に君臨する王――絶大な力を誇る覇王だった。
その王が仕掛けた封印を易々と解くことができる人間は、未だかつて皆無に等しい。
「その子が壊したのかな」
「……そんな、まさか」
「でも城には誰も入れないし。きっとそうだよ」
侍女は口を噤んだ。
「僕も手伝う」
「そんなッ、若様の手を煩わせるようなことできません!」
「いいんだ。もし本当にその子が解術したのなら、ちょっと会ってみたい」
再び黙り込んだ侍女は、最早若様と呼ぶ少年を止める術を持っていなかった。
彼に手伝いの礼を言い、二人は別れた。
「さてと、どこから探そうかな」
解術できたとしたら、城の外にも出ているかもしれない。
少年は急いで門の方へと向かった。
「ねぇ、女の子見なかった?」
「女の子、ですか?」
片手に槍を持った屈強な男は、頭に疑問符を浮かべた。
正門を守る門番の一人だ。頭に一本の角を生やしている。若様と呼ばれた少年の前でそんな者が通っていっただろうかと首を捻った。
だが少女が出ていった形跡などない。門番は「見ておりません」と申し訳なさそうに伝えた。
「本当に?」
「ええ。怪しいものならすぐに分かりますから」
では少女はまだ城の中にいるのだろうか。
少年は門番に礼を言い、その場を去った。
少女は何者なんだろう。
少年の中でますます興味が膨れ上がった。
父親の凄さを知っているからこそ、彼の城にいながら行方の知れない少女に会ってみたいと思うのだ。
さて、次はどこへ行こうか。
少年は四季折々の花々が咲き誇る不思議な道を歩きながら、辺りを伺っていた。
目を凝らし、神経を研ぎ澄ませるが気配は感じられない。
どこへ行ったんだろう。何者なんだろう。――どうして閉じ込められていたんだろう。彼女は、やはり罪人なのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、不意に腕を取られた。
しかし少年はバランスを崩すことはなく、逆に取られた腕を引き、自分の方へと犯人を引き寄せた。
そして彼は目を疑うこととなる。
「びっくりしたぁ。凄いな、君。女の子みたいなのに力あるんだね」
腕は可憐な花々が咲き誇る垣根の中から伸びてきた。当然、その姿も花や葉を散らせながら垣根から出てくる。
腕を掴む白い手の持ち主は、その可憐な花々に負けず劣らず、明るいブラウンの髪を靡かせ、漆黒の瞳を持つ美しい少女であった。
舞う花びらの演出も相まって、美しさをより一層際立てた。
よろけながら姿を現し、素直にそう述べたのである。
「……君、誰?」
少年は思わず疑問を口にした。
「あたしは……。って言うか、ここどこ? 何か急に知らないとこに来ちゃって。ここ日本?」
「にほん?」
「ほら、お城あるし。みんな着物着てたし。あと、日本語喋ってるし!」
「ごめん、君が何を言ってるか分からないんだけど」
「嘘でしょ!? だって君おんなじ言葉喋ってるじゃん!」
「そうなんだけど……。そう言うことじゃなくて……」
少年は少女の気迫に押され、少年は後ずさった。
言葉は通じるが、意味が分からないのだ。
“にほん”とは何なのか。それだけだった。少女がその“にほん”から来た、と言うことは誰でも分かることだ。
「ここはにほんじゃないよ」
「……嘘。だったらどこなの。あたしどこにいるの?」
活発だった少女からみるみる元気が失われていく。
どうやら知らない土地から連れて来られ、気持ちが沈み掛けているらしい。
少年はどうしようかと考え込んだ。
「そうだ、聞きたいことが沢山あるんだ。こっそり僕の部屋に行こう。侍女達が君を探してるけど、きっと僕の部屋なら見つからないよ」
「……いいの?」
「大丈夫。抜け道あるし」
少女は暫く考え込んだあと、ゆっくりと頷いた。
「ところで何で僕の腕を掴んだの?」
「周りみんな大人ばっかりでさ、あそこに隠れてたら君が通りかかって。それで思わず」
「そうだったんだ」
一人では使い切れないだろう広い座敷に二人はいた。敷物に向かい合うようにして腰を下ろしている。
これが少年の部屋なのだろうか。
少女は辺りを見渡した。何もない部屋だ。
「何にもないね」
「うん。必要ないからね」
「君、変わってるね。セレブだからかな」
意味の分からない単語に疑問符を浮かべたが、あえて聞き返そうとはしなかった。
彼女は恐らくこれからも知らない単語を話すだろう。それに一々突っ込んでいてはきりがない。
下界の人間は独自の言葉を持っていると思えばそれで良かった。
「ねぇ、名前教えてよ」
少女だった。
「じゃぁ、君から」
「何でよ」
「普通名前を尋ねるときは自分からだろ」
そう言うと少女は嫌な顔をした。
そんな表情に少年も顔を歪めた。何がおかしいのか。
「ふっるい考え方」
「……」
見た目は可憐な美しい少女だが、性格はどうも違っているらしい。
大人しくもなければ、実に勝気であった。
少年はため息をつき、「夜斗」と言った。
少女が一瞬きょとんとした表情を取った。今度はその言葉が何なのか、少女の方が理解できなかったようだ。
「僕の名前」
「……夜斗って言うの?」
「そうだよ」
「変わってるけどかっこいいね。あたしは真琴。宮藤真琴」
「なんか、名前長いね」
「なんでよ。君と一文字だけでしょ」
「くどうまことだろ?」
「宮藤は苗字! 名前は真琴だけなの!」
今度は夜斗がきょとんとなり、真琴は顔を歪めた。
「君はバカなの?」
「違うよ。苗字なんてものはこの世界にはないんだよ」
「ええ!? ないの? ……そっか、そうなんだ。だったらあたし凄い貴重な人間じゃん!」
ここはどこ? あたしは確かに建物の屋上にいた。
ヘレナは亜空間の中を彷徨いながら、必死に出口を探していた。幾何学模様の空間に目眩をさせながら、見覚えがある異様な感覚に恐怖を感じていた。
幾何学模様についた色彩はネオンに似た光を放つ。ただどれも原色に近いのか淡い色はない。それが目を痛める原因になっていた。立っているのが辛い。そもそも立っているのかさえ分からない。ここは上なのか、それとも下なのか。
どうしてこんな空間に――。ヘレナは気力を失いかけていた。感じるのだ。恐らく自分はナイトメアに取り込まれたかSPSに陥った。
いつの間だったか。ナイトメアの気配はなかった。そもそも取り込まれたとすれば、どれほどの巨大なナイトメアだろうか。神クラスであれば可能かもしれない。だがやはりその姿は確認できていない。もしかしたら、建物ごとあの黒い物体に取り込まれてしまったのかもしれない。
どうしてこんなことになってしまったのか。
ヘレナは絶望しかけていた。
ナイトメアに取り込まれた人間は助からない。憑蟲病ではないのだ。疾患ならば助かる見込みはある。SPSも同じだ。悪夢を討伐してもらえばいい。ただ、長い間待ち続けなければならないというリスクが待ってはいるが、死ぬことはない。あるとすれば、ランクの高いナイトメアを生み出せば、討伐を待つ間に寿命を迎えてしまうということだ。
寿命を迎えれば同時にナイトメアは消える。夢は夢。奴らは見る人の数だけ存在している。
「あたしはどうすればいいの……」
眩暈に耐え兼ねて目を閉じた。ここからは自力で出られそうもない。
自分はこのままこの空間で待つことしかできない。そうなればいつかは気が狂う。
ヘレナは手中のライフルに視線を送った。これで楽になれるだろうか。デリーターらしからぬ発想だが、人間にしてみれば間違った考えでもないのかもしれない。
しかしあるものが、そんな虚脱状態の彼女を呼び戻すこととなる。
ヘレナは確かに銃声を耳にした。
どこからだろう――。目蓋を持ち上げ、必死に眩暈を堪えながら銃声の鳴る方向に耳を澄ませる。
亜空間の中では右を左も分からない。ヘレナは一発一発確認してみたが、銃声は辺りに響くだけで元は分からなかった。
近くで何者かが戦闘をしている。考えられるのはそれだけだ。瞬間、ヘレナの瞳に光が宿った。諦念ではない。それは確かに彼女に甦った不屈の魂だ。
徐にライフルを構え、どこでもいい。一つも狙い撃った。
「!!」
僅かな手応えに、希望の喫驚を見せた彼女の目の前には、確かに銃痕が残っていた。だが一発では足りない。肉が盛り上がり塞がろうとしている。ヘレナは続けざま同じ場所を狙った。一発、また一発と。
そうしてみるみるうちに穴が広がった。
これで外に出られるかもしれない。ヘレナは急いで穴へと駆け寄った。
「嘘でしょ……」
穴は彼女の侵入を防いだ。
何故だ。確かに空いているのに――。ヘレナは見えない壁に手を付き、私は一体何を打ち抜いたの? そう自問した。
夢は簡単には出してはくれない。彼女の中は悔しさで溢れた。挫けそうになった。だが俯きがちだった顔を上げ、透明になったそこを覗いた。
まさかの事態である。私はずっとここにいたのかと目を疑った。
ヘレナは建物の屋上にいたのである。
「みんな!!」
遠くに謎の巨人と相対する四人が見える。やがて巨人は物体に戻り、そして三体のナイトメアに変化した。
その様子を見ていた彼女に最早絶望、挫折の念は消えていた。ここから出て援護する。必ず。
ヘレナは見えない壁を力いっぱい叩いた。
◇◇◇
――お前は誰だ。
得体の知れない者に対して、こう発する者は少なくないだろう。右目を眼帯で隠す青年もまた、目の前の者を目にしてそう言い放った。
「予の名はデウス。メアルー・スルのデウスである」
聞き覚えのない名前に青年は眉を顰めた。
傍から見ても人外と分かる異様な雰囲気だ。あのたゆたう黒いオーラはなんだ――。
ローブから伸びた枯れ枝のような腕は、同じように枯れ枝のような杖を手にしている。杖の先には、肘から下を切り落とされた人間の腕が刺さっていた。枯れてはいない。恐らく死蝋化されているのだろう。
ハンド・オブ・グローリー。罪人の腕ならば、恐らく死蝋化された腕をそう呼ぶ。ただし、罪人のものならば。
「俺に何の用だ」
青年は険しい表情のまま、静かな声音で尋ねた。カディオンの出現速度は光の速さだ。いざとなれば自分の方が早い。そう考え敢えて武器は構えない。こちらが構えれば、話をする機会が奪われるかもしれないからだ。
相手を知る必要がある。今の自分には。どうしても。
「ふうむ。父に似ている。そして母にも似ている」
「……俺の両親を知ってんのか」
「知っている。勇敢な戦士であった。二人共な」
「お前が殺したのか?」
青年がそう言うとデウスから僅かに笑いが漏れた。
何がおかしい。青年は気にした封もなく聞いた。
「そうだと言ったら予を手に掛けるか?」
笑いを含む物言い。更には卑下し、試している。質問に質問で返してくる相手は大抵そうだ。相手の力量を把握し試すか――、計り、窺うか。
青年が閉口していると、「どうした?」と挑発するように問い掛けてきた。
「まずは俺に何の用があるのか答えてもらおうか。両親のことは二の次だ」
するとデウスは唸った。感心するように。
「生みの親はどうでもいいと?」
質問はもううんざりだ。挑発に乗るつもりもさらさらない。デウスを睨みつけたまま、先を促した。言うまでここを動くつもりも観念するつもりもない。
「ほうほう。やはり彼らの子であるな。……ならば言おう。シエル=ディックフェルディ」
デウスは青年の名を口にした。
「我らが王の為、死んでもらいたい」
「……」
「卿が生きていると安心して王の夢は実現せん。したらば、ここで死んでいただきたい」
「やっぱり、俺をおびき寄せるために列車の事故を起こしたんだな。お前ら、上に来れないのか」
「何を言う。メアルー・スルに不可能はない。だが恐るるものはある」
「恐れるもの?」
「始祖の血を受け継いだ、不死者の王に従う特別な人間。あれは我らの宿敵である」
――不死者の王?
シエルは更に深い溝を眉間に刻んだ。
「ふうむ。分からぬか。何も知らぬとみえる」
「不死者の王って誰だ。お前らの王とやらじゃねぇのか。しかもそれに従う人間って――」
「無論、我らが王も不死者である。だが不死者の王ではない」
「本物じゃねぇってことか」
「……」
「で、誰だよ。始祖の血を受け継いだ王ってのは」
「知らぬままで死を迎えるがいい」
デウスはかちりと杖で地面をついた。
「卿なら理解できるだろう。しかし教えても、死ぬだけで意味もない」
絶対的な自身を前に、デウスは言ってのけた。シエルはこの場で死ぬ。教えても意味はなくなる。
結局、どう転んでも口を割る気はないようだ。
「一つだけ聞く。後はいい」
「ほう」
「オリジアスとの関係はあんのか。その、メアルー・スルってのは」
「ふうむ。オリジアス修道会――。下等な連中よ」
デウスはオリジアスの名を知っていた。だが侮辱するに留まった。結局関係があるのかどうかこれだけでは分からない。
相手を見下しても、手を組む連中などいくらでもいる。
「分かった。もういい」
シエルは引き下がった。詳細を口にすることはもはや皆無に等しい。デウスは嫌な笑いを含んだ口調で、「物分りのいい男よ」と言った。
腹の底から不愉快にさせられる。今までにない嫌悪感を覚えたシエルだったが、やはり顔に出ることはなかった。
ただ、不明瞭ではあるが、一つ分かったこともある。
別の組織があった。それだけ。そして、ラピアに帰ったあの日、シュワルツは言っていた。
――“奴ら”の気配だ。アノルの森を迷わず歩ける。
もしこれが、メアルー・スルのことを話していたのだとすれば、彼の狙いは始めからメアルー・スルであり、オリジアス修道会など眼中にもなかった。軍の連中に任せておけと言ったのも、その所為だったのかもしれない。
デュメレスに関わる組織がオリジアス修道会一つだと誰が決めつけた? そうシュワルツの科白が聞こえてきそうな気がした。
ヘレナは亜空間の中を彷徨いながら、必死に出口を探していた。幾何学模様の空間に目眩をさせながら、見覚えがある異様な感覚に恐怖を感じていた。
幾何学模様についた色彩はネオンに似た光を放つ。ただどれも原色に近いのか淡い色はない。それが目を痛める原因になっていた。立っているのが辛い。そもそも立っているのかさえ分からない。ここは上なのか、それとも下なのか。
どうしてこんな空間に――。ヘレナは気力を失いかけていた。感じるのだ。恐らく自分はナイトメアに取り込まれたかSPSに陥った。
いつの間だったか。ナイトメアの気配はなかった。そもそも取り込まれたとすれば、どれほどの巨大なナイトメアだろうか。神クラスであれば可能かもしれない。だがやはりその姿は確認できていない。もしかしたら、建物ごとあの黒い物体に取り込まれてしまったのかもしれない。
どうしてこんなことになってしまったのか。
ヘレナは絶望しかけていた。
ナイトメアに取り込まれた人間は助からない。憑蟲病ではないのだ。疾患ならば助かる見込みはある。SPSも同じだ。悪夢を討伐してもらえばいい。ただ、長い間待ち続けなければならないというリスクが待ってはいるが、死ぬことはない。あるとすれば、ランクの高いナイトメアを生み出せば、討伐を待つ間に寿命を迎えてしまうということだ。
寿命を迎えれば同時にナイトメアは消える。夢は夢。奴らは見る人の数だけ存在している。
「あたしはどうすればいいの……」
眩暈に耐え兼ねて目を閉じた。ここからは自力で出られそうもない。
自分はこのままこの空間で待つことしかできない。そうなればいつかは気が狂う。
ヘレナは手中のライフルに視線を送った。これで楽になれるだろうか。デリーターらしからぬ発想だが、人間にしてみれば間違った考えでもないのかもしれない。
しかしあるものが、そんな虚脱状態の彼女を呼び戻すこととなる。
ヘレナは確かに銃声を耳にした。
どこからだろう――。目蓋を持ち上げ、必死に眩暈を堪えながら銃声の鳴る方向に耳を澄ませる。
亜空間の中では右を左も分からない。ヘレナは一発一発確認してみたが、銃声は辺りに響くだけで元は分からなかった。
近くで何者かが戦闘をしている。考えられるのはそれだけだ。瞬間、ヘレナの瞳に光が宿った。諦念ではない。それは確かに彼女に甦った不屈の魂だ。
徐にライフルを構え、どこでもいい。一つも狙い撃った。
「!!」
僅かな手応えに、希望の喫驚を見せた彼女の目の前には、確かに銃痕が残っていた。だが一発では足りない。肉が盛り上がり塞がろうとしている。ヘレナは続けざま同じ場所を狙った。一発、また一発と。
そうしてみるみるうちに穴が広がった。
これで外に出られるかもしれない。ヘレナは急いで穴へと駆け寄った。
「嘘でしょ……」
穴は彼女の侵入を防いだ。
何故だ。確かに空いているのに――。ヘレナは見えない壁に手を付き、私は一体何を打ち抜いたの? そう自問した。
夢は簡単には出してはくれない。彼女の中は悔しさで溢れた。挫けそうになった。だが俯きがちだった顔を上げ、透明になったそこを覗いた。
まさかの事態である。私はずっとここにいたのかと目を疑った。
ヘレナは建物の屋上にいたのである。
「みんな!!」
遠くに謎の巨人と相対する四人が見える。やがて巨人は物体に戻り、そして三体のナイトメアに変化した。
その様子を見ていた彼女に最早絶望、挫折の念は消えていた。ここから出て援護する。必ず。
ヘレナは見えない壁を力いっぱい叩いた。
――お前は誰だ。
得体の知れない者に対して、こう発する者は少なくないだろう。右目を眼帯で隠す青年もまた、目の前の者を目にしてそう言い放った。
「予の名はデウス。メアルー・スルのデウスである」
聞き覚えのない名前に青年は眉を顰めた。
傍から見ても人外と分かる異様な雰囲気だ。あのたゆたう黒いオーラはなんだ――。
ローブから伸びた枯れ枝のような腕は、同じように枯れ枝のような杖を手にしている。杖の先には、肘から下を切り落とされた人間の腕が刺さっていた。枯れてはいない。恐らく死蝋化されているのだろう。
ハンド・オブ・グローリー。罪人の腕ならば、恐らく死蝋化された腕をそう呼ぶ。ただし、罪人のものならば。
「俺に何の用だ」
青年は険しい表情のまま、静かな声音で尋ねた。カディオンの出現速度は光の速さだ。いざとなれば自分の方が早い。そう考え敢えて武器は構えない。こちらが構えれば、話をする機会が奪われるかもしれないからだ。
相手を知る必要がある。今の自分には。どうしても。
「ふうむ。父に似ている。そして母にも似ている」
「……俺の両親を知ってんのか」
「知っている。勇敢な戦士であった。二人共な」
「お前が殺したのか?」
青年がそう言うとデウスから僅かに笑いが漏れた。
何がおかしい。青年は気にした封もなく聞いた。
「そうだと言ったら予を手に掛けるか?」
笑いを含む物言い。更には卑下し、試している。質問に質問で返してくる相手は大抵そうだ。相手の力量を把握し試すか――、計り、窺うか。
青年が閉口していると、「どうした?」と挑発するように問い掛けてきた。
「まずは俺に何の用があるのか答えてもらおうか。両親のことは二の次だ」
するとデウスは唸った。感心するように。
「生みの親はどうでもいいと?」
質問はもううんざりだ。挑発に乗るつもりもさらさらない。デウスを睨みつけたまま、先を促した。言うまでここを動くつもりも観念するつもりもない。
「ほうほう。やはり彼らの子であるな。……ならば言おう。シエル=ディックフェルディ」
デウスは青年の名を口にした。
「我らが王の為、死んでもらいたい」
「……」
「卿が生きていると安心して王の夢は実現せん。したらば、ここで死んでいただきたい」
「やっぱり、俺をおびき寄せるために列車の事故を起こしたんだな。お前ら、上に来れないのか」
「何を言う。メアルー・スルに不可能はない。だが恐るるものはある」
「恐れるもの?」
「始祖の血を受け継いだ、不死者の王に従う特別な人間。あれは我らの宿敵である」
――不死者の王?
シエルは更に深い溝を眉間に刻んだ。
「ふうむ。分からぬか。何も知らぬとみえる」
「不死者の王って誰だ。お前らの王とやらじゃねぇのか。しかもそれに従う人間って――」
「無論、我らが王も不死者である。だが不死者の王ではない」
「本物じゃねぇってことか」
「……」
「で、誰だよ。始祖の血を受け継いだ王ってのは」
「知らぬままで死を迎えるがいい」
デウスはかちりと杖で地面をついた。
「卿なら理解できるだろう。しかし教えても、死ぬだけで意味もない」
絶対的な自身を前に、デウスは言ってのけた。シエルはこの場で死ぬ。教えても意味はなくなる。
結局、どう転んでも口を割る気はないようだ。
「一つだけ聞く。後はいい」
「ほう」
「オリジアスとの関係はあんのか。その、メアルー・スルってのは」
「ふうむ。オリジアス修道会――。下等な連中よ」
デウスはオリジアスの名を知っていた。だが侮辱するに留まった。結局関係があるのかどうかこれだけでは分からない。
相手を見下しても、手を組む連中などいくらでもいる。
「分かった。もういい」
シエルは引き下がった。詳細を口にすることはもはや皆無に等しい。デウスは嫌な笑いを含んだ口調で、「物分りのいい男よ」と言った。
腹の底から不愉快にさせられる。今までにない嫌悪感を覚えたシエルだったが、やはり顔に出ることはなかった。
ただ、不明瞭ではあるが、一つ分かったこともある。
別の組織があった。それだけ。そして、ラピアに帰ったあの日、シュワルツは言っていた。
――“奴ら”の気配だ。アノルの森を迷わず歩ける。
もしこれが、メアルー・スルのことを話していたのだとすれば、彼の狙いは始めからメアルー・スルであり、オリジアス修道会など眼中にもなかった。軍の連中に任せておけと言ったのも、その所為だったのかもしれない。
デュメレスに関わる組織がオリジアス修道会一つだと誰が決めつけた? そうシュワルツの科白が聞こえてきそうな気がした。
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